生きてると誰かに頼まれごとをされることがある。
「これ、やっといてよ。」
「洗い物くらいやってよー。」
「これ、コピーしといて。」
なんていう日常のあるあるから、
「すまんが四国へ転勤してくれ。」
「別れてください。」
なんていう衝撃の大事件まで、
色んな頼まれごとがあるだろう。
こんなことを思う。
頼まれごとを頼まれたときは、
人間として大切なときだ。
「オッケー!やっとくよ。」
「洗い物ね、ハイハイ(^^♪」
「大丈夫ですよ。何部コピーしますか?」
「転勤ですか、分かりました。頑張ってきます。」
「そうか、今までありがとう。お幸せに。」
こんな軽い感じで、潔く、感じ良く頼まれごとを聞き入れる。
そんな人はカッコいいよな。
でも、
「ええ!?今忙しいんだけどー。」
「洗い物?無理無理。」
「コピーくらいご自分でどうぞ。」
「家族がいるので転勤は無理です。」
「ちょ、待ってよ。お願い行かないで。」
こんなのはどうだ?
ダサくね?
もちろん、転勤は家族の事情が大切だからちょっと違うかもしれない。
また、コピーくらい自分でやれよってのは一理ある。
頼まれたことを何でもオッケーすることが良いわけではない。
言いたいことはそんな細かいことではなくて、
自分にどれだけキャパがあるのか?
ということだ。
忙しかったら、引き受けられないし、
相手に依存していたら、別れ話なんて地獄だろう。
だから試されるのだ。
頼まれごとをされたときには、自分のキャパが試されるのだ。
カッコよくなりたいもんだぜ。
面倒を頼まれても、雑用を頼まれても、
「お、いいよいいよ。ドンドン持って来いよ。」
って、余裕でやっちゃえる人になりたいし、
フラれたときも、
「今までありがとう。お幸せに。」
的に余裕で去っていきたい。
俺はカッコよく生きたいんだ。
てか、カッコつけて生きたいんだ。
でも、これがなかなかに難しい。
いつも失敗してしまう。
どうしても頼まれごとに余裕で対応できないことがある。
サラッとカッコよく対応できないことがある。
俺は、まだまだキャパが足りないってことだろう。
中年になったけど、まだまだ修行が足りないということだろう。
成長しないとな。
いい加減、成長してカッコよくならないと。
そんなことを思う今日この頃だ。
すまん、今日はここで終わり!
短文失礼しました。
みんな、カッコ良く生きて行こーぜ!!!!