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中年サラリーマン後悔と決意とつぶやき

大阪都構想物語完結。ラモスの後の中田英寿は出てくるのか?

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大阪都構想は間違っていたのだろう。

僕は都構想に挑戦することはもうないと思う。


住民投票後の記者会見で、目を真っ赤に潤ませた吉村知事はこのように語りました。


約10年前に橋下徹氏の発案で始まった大阪都構想は、実現しないまま完結したのです。


この結果を受けて松井市長は市長任期をもって政治家を引退することを宣言。

吉村知事も「続ける」とはハッキリ言いませんでした。どうか続けてほしいと節に願っています。


ということで、今日は大阪都構想について書いていきますが、珍しく何を書こうか、書きながら迷っています。


実は、私は都構想についてかなり勉強してて、素人レベルじゃないくらい熟知しているつもりで、120%賛成の立場でした。なので、「可決されていたら、こんな良いことがあったのに残念」的な記事を書こうかなと思いながら書き始めました。


でも、なんかそれって意味ないなと。

なんか、直接関係ないのに、負け惜しみみたいだなと。


だから、ちょっと違う視点で書こうと思います。


題して「ラモスの後の中田英寿は現れるのか?」

大阪都構想とは?

とはいえ、まったく制度にふれないのもアレなんで、ちょっとだけ。


大阪都構想とは、大阪市を4つの特別区に再編することです。」


それだけです。

それだけなんだよ、じいちゃん。

行政の種別

行政はその種類ごとに権限が違っていて、「村」、「町」、「区」、「市」「都道府県」「国(省庁)」に分かれています。

また、「市」には、「中核市」「政令指定都市」などの種類があって、規模に合わせて権限が異なります。


ざっくり言うと、大阪をはじめとした、名古屋、横浜、札幌などの大都会が政令指定都市、そこまで都会じゃない各県の県庁所在地レベルの市が中核市、その他が普通の市です。(あくまでざっくりと分けると。)


日本の統治機構は、田舎より都会に権限を強く持たしているということです。


そもそも論ですが、このように権限が違うのは何故だと思いますか?

なぜ大きな市になると権限が強まる制度になっているのでしょう。

まず、ここを理解していないと、大阪都構想は絶対に理解できません。

都市によって権限が違う理由

都市によって権限が違う理由は2つです。


1つ目は、行政の大前提、「地域のことは地域で決める方がいい」という考え方があるからです。これは、至極当然の考え方で、国よりも都道府県、都道府県よりも、市町村の方がその地域の特性を熟知しているため、「地域のことは地域で」となっているのです。住民と距離が近い方が、住民ニーズを汲み取りやすいというのは当たり前ですよね。


ただ、すべての市が政令指定都市並みの仕事をすることは不可能です。(ヒト・モノ・カネ的に)
これが2つ目の理由です。


例えば、保健所は、中核市以上の市に設置義務があります。

新型コロナウイルス感染症の関係で、保健所の業務に注目が集まりましたが、実は保健所は、すべての市町村に設置されているわけではないのです。


基本的に保健所は都道府県に設置されています。


これは、人口の少ない町や市のすべてに保健所を設置するよりも、それらをまとめて県が見た方が低いコストで済むからです。人口数百人の町に保健所を設置するよりも、複数の市町村分をまとめて設置する方が効率的ですから。


1.地域のことは地域がやる方がいい

2.とはいえ、全部でそれをやるのは無理だしコストがかかる


日本の行政は、この2つの理由から、市町村の種別によって権限を分けているのです。

「地域」の適正範囲

さて、ここで問題になるのが「地域の範囲」です。

「地域のことは地域がやる方がいい」というのは確定している考え方ですが、その適正な範囲はグレーです。


適正な地域の範囲は、県なのか、市なのか、区域なのか、小学校区なのか、町内会なのか。

はっきりとしたものがありません。


これは、その事柄によって地域の範囲が異なるからです。


分かりやすい例でいうと、「町内会費は一人いくらにするのか?」という事柄は、それぞれの町内会で決めるべきですよね。「市全体で一律に」なんてことをしたら、足らない地域と余る地域が出てきます。ですから、「町内会費を決める権限は町内会ごとに持たす方がいい」ということになります。


では、北朝鮮の脅威への対応、防衛の問題はどうでしょう?

市町村ごとに防衛方法が違うと大変です。「村の防衛は村で」なんてことをしたら、その村は、他国から占領されてしまうかもしれません。

防衛は、国が権限を持って一括でやるべき事柄で、防衛という仕事の適正な地域の範囲は、日本全国ということになります。


町内会費については、「地域のことは地域で」=「町内会のことはその町内会で」

防衛については、「地域のことは地域で」=「日本の防衛は日本で」ということです。


ちなみに、町内会費の徴収は行政の権限ではないので、正確には関係ない話ですが、実は、大阪都構想という改革は、このように、「地域のことは地域で」の範囲を事柄別に整理しようとすることなのです。

大阪の仕事の適正な範囲を考えてみる

さて、大阪市役所は大阪市民のために存在しています。(当たり前)

大阪市民の福祉を充実させ、大阪市の教育レベルを上げ、大阪市の産業を育て、大阪市の観光を振興し、大阪市の交通網を整備する、そのような仕事をしています。


「地域のことは地域で」という考え方で言えば、現在の大阪市におけるこれらすべての仕事の範囲(地域)は、大阪市になっています。


これらの仕事の「適正な地域の範囲」を変えようとしたのが大阪都構想です。


大阪都構想は、大阪市の仕事について、市民密着のサービスと都市戦略(広域行政)の大きく2つに分けて考えられています。

市民密着サービスの適正範囲

橋下徹氏が大阪市長だった頃の話です。


当時、大阪市西成区という地域は、ホームレスなどが多く、ゴミがたくさんある場所でした。子供の通学・下校時間にもたくさんのゴミが積みあがっていたとか。


橋下市長は、「そんな環境は子供に悪影響を与える。」と、「西成区にはゴミ収集車を多く回す」ことを指示します。


この話を聞くと、「そりゃそうだ。当たり前。それでいい。」と思う人が多いと思いますが、政治・行政の世界は、そんなに簡単ではありません。


大阪市の職員は、「そんなことをしたら別の区の住民から苦情が来ます。」と反対したのです。


これは、「だから役所はだめなんだ。」「まったく公務員は…」といった話ではありません。

これはある意味で仕方がないことです。


自分が住んでいるとして考えてみてください。同じ市なのに、隣の区域だけゴミの収集が多いというのは不公平に感じませんか?


「隣は昼でも夕方でもゴミを出せるのにうちは出せない。同じ市なのに…」

このように不満に思ったりしませんか?


また、それぞれの地域には、そこを地盤とする市議会議員がいます。

市議会議員にとって、住民サービスの良し悪しは命綱みたいなものです。


自分の地盤より、他の地域の方が住民サービスがいいというのは、認めたくても認められないでしょう。


このように、「他の地域よりもゴミが多いのでゴミ取集車を多く回す」という西成区特有の重要課題は、大阪市という広い範囲で考えてしまうと、問題のレベルが薄まり(他の地域では課題ではない)解決することが難しくなるのです。


これは、ゴミ問題での「地域のことは地域で」の「地域」が、大阪市全体ではなく、もっと狭い範囲が適正だということを表しています。

ちなみにこの案件は、橋下市長の「私は西成を贔屓する」との強い宣言で実行されていますが、普通の市長では絶対にできないことでしょう。


これは、福祉や子供への支援策なども同じです。保育所をどうするか?老人ホームは?学校給食は?など、市民に密着するサービスは、地域によってニーズが大きく違います。大阪市全体で考えてしまうと、その地域特有の課題は薄まります。結果、どの地域でもある程度課題になっていることを優先的に一律で行っていくことになるのです。


これが大阪都構想の一つ目の考え方です。

「市民密着サービスは、大阪市という大都市全体で考えるのではなく、もっと狭い地域ごとに考えましょう」ということです。

広域なサービスの適正範囲

一方で、交通網の整備はどうでしょうか。

地下鉄をどうするのか?

主要幹線道路をどうするのか?


これらの施策では、大阪市という地域の範囲は適正なのでしょうか。

上に書いたように、大阪市役所は大阪市のために仕事をします。


大阪市のための鉄道計画を作り、大阪市のための道路を作ります。

というか、ずっとそうやってきています


結果はどうでしょう。


使い勝手の悪い電車の路線。

大阪市の範囲だけ整備された道路。


東京の交通網と比べれば一目瞭然です。


本来は、もっと広い視野の戦略で、「大阪の交通網」を考えるべきですが、大阪市役所としては、隣の市のことなんか知ったこっちゃありません。(権限もない)

こうなるのは、ある意味で当たり前のことなのです。


観光振興や企業誘致なども同じです。


大阪市の観光振興は、大阪市に観光客を誘致することが仕事です。


極端に言うと、隣の堺市に観光客を取られたら大阪市としては失敗なわけです。

そんなのおかしいですよね。


もっと広い範囲で観光客を呼び込む施策を考えた方が絶対に効果が上がります。

市町村レベルで都市戦略をバラバラにやっていては、グローバルな社会の中で生き残れません。

大阪都構想は、都市戦略(広域行政)について、大阪市だけの範囲で考えるのではなく、もっと広い範囲(大阪全体)で行うことで、国際的に競争できる都市を目指そうというものです。


ちょっとと言いながら長くなってしまいましたが、大阪都構想とはこういうことです。


1.地域住民に密着した福祉施策等は、大阪市よりも狭い4つの区でやる。

2.鉄道や道路、大きな都市計画のことは、大阪市よりも広い大阪府全体で考える。


この2本柱が大阪都構想なのです。


この点、賛成派は、国際競争に勝てる国際都市大阪を目指すなどと、2を中心にアピール、一方、反対派は、住民サービスが低下する(ほぼデマに近いけど)として1を中心にアピールしていました。

統治機構改革の必要性

ちなみに、観光振興などは、全国の自治体はどこも同じ様に非効率な状態で仕事をしています。

県にも市にも町にも村にも観光振興を行う部署があります。もちろん、それら全てがかつての大阪府・市のように仲が悪いわけではなく、連携や協力をしながら仕事をしています。


でも、連携は連携です。組織は違うわけです。というか、連携が必要だと考えているのなら、なぜ都道府県に仕事を一本化しないのか、個人的に不思議しかありません。


観光・産業振興は、市町村がバラバラに行うのではなく、都道府県が全体の戦略を立てて行う。それが当たり前の姿ではないでしょうか。


日本人は優秀です。でも、日本の組織はクソです。

優秀な公務員はたくさんいるでしょう。でも、公務員組織はクソです。


残念ながら大阪都構想は実現されませんでした。

しかし、このように、日本全国の統治機構は未だに非効率な仕事をしています。

一刻も早く改革し、組織を効率化させることは、今後の日本にとって物凄く重要なことだと思います。


組織さえ適切な形になれば、日本人は優秀なはずですから。

ドーハの悲劇

さてさてさて、話は全く変わりますが、ドーハの悲劇という言葉は知っていますよね。

サッカー日本代表がギリギリでワールドカップ出場を逃した試合のことです。

アメリカワールドカップ出場をかけたアジア最終予選。全5試合のうち4試合を終えて、日本はグループ1位になり、本選出場に王手をかけていました。


そして迎えた1993年10月28日、最終第5戦の対イラク戦。


カタールのドーハで行われたこの試合、2-1でリードして迎えた後半ロスタイム。日本は終了間際に失点してしまい、結果、グループ3位に転落。予選敗退となってしまいました。


「あと数分をしのぎ切ればワールドカップに行けたのに・・・」


サッカーファンは悔しい思いをしたものです。


このときの日本代表は、カズこと三浦和良選手やラモス瑠偉選手がメインでした。

特にラモス選手は、日本人離れしたセンスでチームを牽引していました。


ご存知のとおり、ラモスは日本に帰化した選手です。

もともとはサッカー王国ブラジル出身です。

サッカー後進国の日本にとって、ブラジル出身のラモスは唯一無二だったのです。


この時ラモスは36歳。
4年に1回のワールドカップを目指すには、年齢的にギリギリ。最後のチャンスを逃してしまったのです。


これはラモス個人だけの問題ではありません。ラモスは日本にとって唯一無二の選手です。


「ラモスが代表からいなくなる。もう日本はワールドカップにはいけない。」


当時は、こんな風に思ったものです。


しかし、日本代表は、4年後のフランスワールドカップの出場権を獲得します。


ラモスのポジションに、スターが現れたのです。

中田英寿選手です。


当時、若干20歳の中田が日本をワールドカップに導きました。


ラモスがいなくなるからワールドカップは無理だと思っていたら、ラモス以上の天才が現れたのです。


その中田英寿も2006年のドイツワールドカップを最後に引退。

でも、日本サッカーは、その後も次々とスター選手が現れ、ワールドカップ出場を続けています。

日本は終わらない

橋下徹さんは凄まじかった。唯一無二の政治家だと思っていました。

前回の住民投票で敗北して引退するとき、「これで日本は終わった」などと感じたものです。


しかし、後任の吉村さんも皆さんご存知のとおりスーパーマンでした。

コロナ対策では最も活躍した首長だと言ってもいいと思います。


自分のところの知事や市長と比べてみてください。なんでもいいです。記者会見とか、議会答弁とか、見てみてください。


全国の9割の首長は、当たり障りのない発言に終始していると思います。

地方議会の議論なんてマジで何の役にも立たないクソ議論しかしていません。


ぜひ大阪と地元を比べてみてください。


私は、これまでも少子高齢化、進まない規制緩和、生まれないイノベーションと、日本は最悪の国になってしまったということをたくさん書いてきました。


これは別に政府を批判したいわけではなくて、現実を文章にして、これからの自分はどう生きていくべきかを考えたかったからです。


でも、2020年、ついに変わる気配が訪れました。


菅・河野のKYコンビと、大阪都構想です。

これが日本にとって本当の本当のラストチャンスかもしれない的なことも書きました。


今でもそう思っています。

大阪都構想が否決された事実は大阪のみならず、日本全体に重くのしかかることになるでしょう。


でも、逆に能天気に考えたりもします。ラモスの後に中田英寿が現れたことを覚えているからです。橋下・松井・吉村が引退したとして、「ああ終わった。」となった瞬間、物凄い人が立つことを期待してしまいます。


ラモスの後の中田英寿はどこにいるのか。


日本はこのままじゃダメなことは誰の目にも明らかです。