人生の教科書 by 情熱中年サラリーマン

情熱中年サラリーマンの自由と情熱のブログ!若者にメッセージを!大人には勇気を!!ベテランの生の人生を基に、人生の教科書的なブログを目指してます。人生に迷う方々!!ぜひ読んでみてください!何か「気づき」があるはずです。

中年サラリーマン後悔と決意とつぶやき

柔軟な発想を持つということ。ルールの設定を大雑把にするって話。小学生の珍回答、オモシロ柔軟ネタがまじでオモロ!!

f:id:t4121aka:20190828195807j:plain


こんにちは。


突然ですが、皆さん、


柔軟ですか?
じゅうなんですか?
ジュウナンですか?
JYUUNANですか?


「なんで4回も言い方を変えて書くんだよ!!」
ってイラついたあなた、

あなたは柔軟じゃないかもしれません。笑


柔軟に生きるということ、

柔軟な発想を認めるということ、


それに自分はトコトンこだわって生きていきたいと思っている。

最強の柔軟ヤローを目指すのだ!


ということで、今日は、オモシロ柔軟ネタを紹介する。

頭の体操にでも使って見てください。

子どもの作文

Q.遠足の想い出を作文に書きなさい。


よくある宿題だ。

綺麗な景色、楽しかった場所、友達と遊んだこと、

「楽しかったーーーー!!!」

ってのがテンプレの作文だ。


でも、もし、

「・・・・・楽しくなかったです。」

って作文があったらどうする?


もちろん、仲間外れやイジメが原因なら大ごとだ。

でも、今回はそうじゃない場合。


普通に友達と遊んで、

普通にお弁当を食べて、

普通にワイワイやってたのに、


楽しくなかったと。


そんなときどうする?


ちなみにこれは実話だ。

知り合いの子どもがそうだったらしい。


その作文を見て先生が、


「楽しくなかったことはないでしょう。」

「楽しそうにしてたじゃない。」

「お友達と遊んだこととかどう?」

「何か楽しかったことを思い出してみたら?」


こんなことを言われたとか。


もちろん、先生に悪気は無いだろう。

良かれと思ってのアドバイスだ。


てか、みんな、そうだったよな。


自分の子どもの頃を振り返ってみると分かるよな。


ハッピーエンドに縛られてなかったか?


遠足の作文はハッピーエンドじゃないといけないと思ってなかったか?


「作文」は、文を作ることだ。

本来は、自由な発想が100%認められるべきものだ。


それなのに、見えない何かに縛られる。


「この作文は、こう書くもの。」


こんな暗黙の了解が小学校を包む。

何か分からない忖度がランドセルに溢れる。


その子は、実は遠足が楽しかったのに、

楽しくなかったような文章をあえて書いたのかもしれない。


あえて、人と違う構成にすることで、読む人を驚かせようと、楽しませようとしたのかもしれない。

人と違う自分の感性を出したかったのかもしれない。


だって、小説ってそんなもんだろ?

人を驚かせる、人を楽しませる、
暗黙の了解どおりの小説なんて面白くないだろ?


作文は、子どもが思いっきり個性を発揮できる一つの機会だ。

子どもの柔軟な発想を邪魔してはダメなのだ。


この作文事件からは、改めてそんなことを考えされられた。

オモシロ柔軟ネタ

ここからは、オモシロ柔軟ネタ(珍回答集)を紹介する。

みんな、どこまで正解にする?


Q.カレーとよく合うパンのような食べ物の名前はなんですか?


A.はいそうです。


正しい答えは「ナン」。


(前略)名前は「なん」ですか?

⇒はい、そうです。


オモロw

 

Q.算数の勉強で、一番好きなことを書いてください。


A.適当に数字を書いたら当たること。


ピュアピュアピュア~(⌒∇⌒)


Q.魚は1匹、2匹、鳥は1羽、2羽、では馬は?


A.1着2着


おい、オヤジ!!!


Q.次の文を過去形にしなさい。

  I go to Tokyo


A.I go to Edo


もう正解でいいんじゃね?笑


あと、四字熟語なんかはあるあるだよな。


□肉□食 ⇒ 焼肉定食

品□方□ ⇒ 品川方面

父とせんとうに行く ⇒ 父と戦闘に行く


どうだろう?

柔軟な発想ってオモロイよな。

自由を喜べる人になろう

自分は少年サッカーのコーチをしている。


子どもが一番喜ぶ練習メニューは「自由」だ。


「今から30分は、好きな練習をしていいよ。」


サッカーをするというルールだけ作って、

どんな練習をするかは自由。


こんな練習を子どもは一番喜ぶ。


水泳の授業でもそうだったよな。

「自由泳ぎ」の時間は最高だったよな。


人は、一定のルールがあった上での自由が一番楽しめるのだ。


なんでもアリではなくて、一定のルール下での自由。


・サッカーをすること

・プールで泳ぐこと


少しだけの大まかなルールの中で自由にする。

それが最高に楽しめるのだ。


なんでもそうだよな?


ルールの無いスポーツなんて面白くない。

サッカーで手を自由に使ったら面白くもなんともなくなる。


トランプも、鬼ごっこも、ボーリングも、

一定のルールがあるから楽しいのだ。


じゃあ、仕事はどうなんだ?

仕事なんてルールだらけじゃねえか!


これをこう書いて、ここに電話して、これはこうでしょ。

違うって、そうじゃないって、


こうやって縛り過ぎるから楽しくないのだ。


一定のルールは残しながら、
もっと自由にすれば一気に楽しくなるはずだ。


「これ、よろしく。」

「やり方は任せるよ!」


みんな、こんな指示されたらどうだ?


「好きにやっていいよ。」


こんなことを言われたらどう思う?


俺は最高だ。

てか、そう言われなくてもそうするし。笑


でも、たまに嫌がる人もいる。

もっと細かく指示してほしいと言われることがある。


そういう人を否定するわけじゃないけど、

俺は嫌だわ、無理だわ。


好きにやっていいよ。

を喜べない人にはなりたくない。


自由に働けることを喜べる人間でありたい。


細かい指示なんてクソくらえだ。

自由のないルールはぶち壊したい。


ルールなんて大雑把でいいのだ。

「仕事をする。」

これだけをみんなが守ればいいのだ。


「仕事をする」だけをルールにして、

楽しく熱く働く。


仕事で結果を残せるのは、そんな人間だろう。