人生の教科書 by 情熱中年サラリーマン

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中年サラリーマン後悔と決意とつぶやき

足跡を残すということは、なにかに抗うということ。昔は狩猟だったんだぜって話。 

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突然ですが、明日死んだらどうしますか?


あっ、

てか、死んだらどうもできないか。


では、あなたが死んだら、あなたが生きていた社会はどうなりますか?

 

  • あなたが生きていた地球はどうなりますか?
  • あなたが生きていた日本はどうなりますか?
  • あなたが生きていた県はどうなりますか?
  • あなたが生きていた町は?
  • あなたは生きていた団地は?
  • 会社は?友達は?家族は?


どうなると思いますか?


デッカイ人間を目指すワタクシとしては、自分が死んだら地球が滅びるくらいの影響力でありたいものだけど、

(デッカイ人間なら、そんな小さいこと言わない・・・w)


それはありえないとしても、
せっかく生まれてきたんだから、どこかに足跡を残したいと思う。


命というのは尊くて、生きるということはそれだけで価値があることなんだけど、それでもやっぱりどこかに足跡を残したい。


死ぬ間際に「俺はやったったわ。」と満足したいし、
天国か地獄か知らないけど、「これが俺が生きた証なんだ!」と、あの世に誇れるものを持って行きたい。


そう思って生きている。


まあ、でも、自分が生きていても死んでも地球は何も変わらないのは当たり前で、日本も変わらないし、町も団地も変わらないだろう。


隣の家の人でさえ、死んだらちょっとは悲しんでくれるかもしれないけど、すぐに日常に戻るはずだ。


自分が死んでも、社会は何事もなかったかのように進んでいく。

(もちろん、身内は悲しんでくれるだろうけどね汗)


ちょっと寂しいけど、これが現実。

 

これは自分が抗っていないからだと思う。

地球に対しても、日本に対しても何も抗っていない。


ブログとか、ブログとか、ブログとかで、社会に対してブツブツ文句は言ってるけど、かと言って何か動きを起こしているわけではない。


なにかと本気で戦っているわけではない。


例えば織田信長とか、めっちゃ抗ったよね。

天下を取るために、戦国時代に抗いつくした。


エジソンとか。
電気作ったんだぜ?

それまでの社会に抗って大きな足跡を残した。


他にも何かを残した人たちは、そのときの社会に対して反抗し、大きな喧嘩を仕掛けた結果、社会を変えてきた人たちだ。


まあ、そんな歴史上の人物と比べてもな。

悔しいけど、自分がそんなんじゃないことは分かってる。


でもさ、じゃあさ、自分の仕事ではどうだ?

自分の仕事で、自分の会社に足跡は残してるのか?


地球と比べると規模はだいぶ小っちゃくなるけど、これも同じだと思うんだ。

今に対して「どれだけ抗っているか?」ってことが足跡の大小を決めるんじゃないかと。


今の売上に抗って、売上を10倍に伸ばす

会社の体質に抗って、もっと効率化する。


なんでもいいと思う。

なんでもいいから、とにかく今に抗って結果を出すってことが足跡を残すことなんじゃないかと。


今をそのまま安定的に継続していくことも大切なことかもしれないけど、それじゃなんの足跡も残せない。


江戸時代の将軍だって、なにかの「今」を変えた(変えようとした)将軍じゃないと存在感は薄いってもんだ。

 

こう考えると、とにかく自分の生きている場所でなにかに「抗う」ってことが重要だと。

逆らうっていうか、尖るっていうか、とにかく今に満足しないってこと。


誰か「人」に対して攻撃的になるのではなくて、

「今」という事象に対して攻撃をしかけていく。


それが足跡を残すってことなのかと思うのだ。


別に小さくてもいい。


地球を変えるようなことはできないし、
日本を変えることもできない。

ヤル気はあるけど、会社を変えることも凄く難しい。


でも、自分が生きている日常、

毎日やっている担当の仕事、


そんなことに対してなら、すぐにでも宣戦布告できるんじゃないかと。

すぐにでも戦いを仕掛けて、何かの足跡を残すことが出来るんじゃないかと。


そんなことを考えると、毎日の仕事がワクワクしてくるのである。


あえてハッキリ言っておこう。

自分が関わる仕事を、今のまま次に引き継ぐのはクソだ。


なんでもいい、

なんでもいいから、なにかと戦うのだ。


小さくてもいいのだ。


ワレココニアリ


ってとこを見せるのだ!


抗うのだ!

戦うのだ!

尖るのだ!


そして何かの足跡を残すのだ。

 

 

そして、そうやって抗う人たちの努力の結果、今、時代はまさに変わろうとしている。


産業革命を経て、工場の工員が幅を利かせていたブルーカラーの時代から

第二次世界大戦後には、会社組織が確立され、営業や事務職などのホワイトカラーが幅を利かせる時代になった。


そして今、ホワイトカラーが担う単純な事務作業は機械がやるようになった。


多くの人は気付いてると思うけど、もう銀行も役所もイラナクね?って時代だ。


ブルーカラーからホワイトカラーに移り変わったときは、多くの人が淘汰されたはずだ。

手先が器用で力が強い人が優遇される社会から、体ではなくて頭を使って会社や上司の指示・命令を正確に早くこなせる人が必要とされるようになった。


そして次の時代には「こなす」ではなくて、「変える」「作る」人が優遇されるようになるだろう。

その変化とともに「こなす」だけの人間は淘汰されていくことになる。


よくよく考えれば、時代は、狩猟から農業へ、農業から工業へ、工業から商業へと変わり続けてきた。


狩猟時代で大活躍のハンターが、弥生時代に稲作が始まると足手まといになるってこともあったはずだ。

一部の優秀なハンターは生き残っただろうけど、多くのハンターは向いてない農業をせざるを得なかっただろう。

 

ちょっとフザケタ過去記事はこちらから↓

www.taka.work


今もそのときだ。

今も変化のときだ。


「こなす」仕事から「変える」「作る」仕事へ。

自分の頭で考えて、さらに実行する能力が重要になる。

 

なにかを待つのではなく、自分の価値を発信することが大切になる。

 

社会に、会社に足跡を残すためには、ここを読み間違えてはいけない。

今、努力して事務処理最強を目指しても足跡は残らない。

 

なにかに抗うこと、変化を読み間違わないこと。


この2つを意識して生きて行こう。