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中年サラリーマン後悔と決意とつぶやき

川崎の事件で思うこと。何より被害者の「心」を大切に。

令和元年5月28日。
神奈川県川崎市で最悪の事件が起こってしまいました。


テレビも、新聞も、ネットもこの話題ばかりで、一般人もSNSなどを使って色んな意見を発信しています。


マスコミも、インフルエンサーも、一般人も、そしてワタシも、この最悪の事件を「ネタ」にしているのです。

 

「ネタ」と言うと、「不謹慎」に聞こえるかもしれませんが、色んな人が様々な情報を発信することは、別に悪いことではないと思っています。

 

臭いものに蓋をするより、みんなで意見を出し合う方が未来的だと思うからです。

 

ただ、情報発信にはルールがあります。

被害者の心を大切にすることです。


ワタシは我慢できません。
なに食わぬ顔で、道徳観の欠片もない発信をする人が許せません。


今日は、悲しい事件を発信するときのルールについて書いていきます。

 

発信のルール

  • 人を傷つけない
  • 嘘の情報を流さない

 

情報発信には様々なルールがありますが、こういった悲しい事件のとき、一番大切にしないといけないのは、被害者の心です。(当たり前)


テレビでも、新聞でも、SNSでも、不特定多数の人に発信するのなら、「被害者が見たら、どう思うのか?」を考え、これを最大限に考慮しないといけません。

 

被害者が見る可能性もあるわけですから。


さらに、もう一つ。
目的を明確にすること。
目的の無いただの野次馬的な発信はしてはいけません。

 

  • 二度と同じ事件が起きないための啓発なのか?
  • 事件の背景を探ることで、社会課題を解決したいのか?


このような社会貢献の目的がないのなら、発信するべきではありません。


ちなみに、ワタシのこの記事の目的は、上に書いたことを伝えることです。


被害者の心を大切にすることと、野次馬的な発信はやめること。
この2つを伝えたくて、書いています。

 

マスコミ

事件、事故、災害、、、
こういった時のマスコミには、本当に腹が立つことが多いですよね。


今回の事件、学校周辺に取材に行く必要があるのでしょうか。

 

マスコミ各社は、事件後すぐに学校に駆けつけて、子どもや関係者にインタビューをしていました。
「今回の事件、どう思いますか?」


そんなことを聞いてどうしたいんだ?

 


滋賀県で、散歩中の保育園児が交通事故に遭ったときもそうだった。


記者会見を開いた保育園に対して質問攻めをし、まるでこの事故は、涙ながらに答える園長の責任かのように心無い質問を浴びせまくる。


「普段から危ないという認識はあったのか?」

「保育士の対応はどうたったのか?」と。


おかしいぜ、まったく。

 


災害が起こったときも同じです。

途方に暮れる被災者を撮影してインタビュー。


その被災者はどんな人か分からない。
家族が亡くなったのかもしれない。
大好きな彼氏、彼女、友達を失ったのかもしれない。


何も分からない状況で、

「今、どんな気持ちですか?」

仕事とはいえ、よく聞けるな。そんなこと。

 

SNS

また、SNSでも、たくさんの発信がありました。


多くは、事件を悲しむ声、悔しい想い、そんなことが語られています。
若干、野次馬的にも見えるけど、まだそれはいいと思います。

ある意味、拡散することで、もう二度と起こさないための啓発にはなっているのかもしれないから。


でも、事件を語っておいて、ワケの分からない自分を出す人もいました。

 

たまたま目についたツイートは、悲しい事件が起こってしまったと発信しながら、

人はいつ死ぬか分からない

毎日を全力で生きていきたい。

こんな言葉で締めくくっていました。


なんだそれ?

それと、これを一緒にすんなよ。と。


いつ死ぬか分からないから、毎日全力で。

これ自体はそのとおり。
ワタシもそう思って生きています。


でも、事件に絡めていうことじゃない。


もっともっと生きたかった人が、これから幸せな人生が待っていたであろう人が亡くなってしまったのです。

全力で生きていた人が、何の罪もないのに、凶悪な犯罪者によって殺されてしまったのです。


事件をネタにして、自分を語ってんじゃねえよ。


発信するなら、事件だけ発信しろ。
自分のワケの分からない人生観を一緒に語るな。


多分、分かっていないのだと思う。
悪気はないのだろう。
普通につぶやいてるつもりなのだろう。
なんなら、ちょっと良いこと言ってやったくらいの気持ちなんだろう。


でも、無意識の悪ほど人を傷つけるものはありません。


被害者の家族が見たらどう思うのか?

じっくりと考えてから発信しなければならないのです。


それが道徳ってもんだろ?

 


また、こんなのもありました。

事件現場の近くに住んでいる人に対して、

 

「〇〇が無事で良かった。」


直接言え!!

非公開の場で言ってくれ。


大事な人の無事を喜ぶのはいい。
でも公の場で言うことじゃないだろ?

人が亡くなってるんだ。
マジでそれぐらい分からないのだろうか。

 

麻痺する心

この人たちは、心が麻痺しているのだろう。

  • 記事を書くことに必死な新聞記者
  • いい絵を撮って他社を出し抜きたいカメラマン
  • 自分の影響力を誇示したいインフルエンサー
  • とにかくいいねが欲しいSNSの一般人

自分がー、自分がー、になってしまって、人の気持ちを考える心が麻痺しているのだ。

 

普段はいい。
普段は、自分を発信する、アピールする。
これは素晴らしいことだ。


でも、悲しんでいる人がいる事件で、目的が自分メインになってはダメだ。


政治家の不適切発言に対しては怒ってるんだろ?

お前も考えろよ。
しっかりと考えてから発信しろよ。


どうか、みんな考えよう。

そして変えていこう。


俺は、被害者や子どもへのインタビューが始まったらテレビは消すことにしている。
見る人がいるから、マスコミは非人道的な取材をするんだ。


また、上のツイートに対しては、丁寧に意見させてもらった。

 

まとめ

被害者がいる事件・事故・災害を発信するのなら、


被害者の心を最大限に考慮

目的は、社会貢献のため


この2つを守ろう。
それができないのなら、非公開の場で話せばいい。

以上、俺の考え方です。


もちろん色んな考え方があると思う。
人の意見を否定したり、誰かを批判することは好きじゃない。


でも、今回はあえて、はっきりと書かせてもらった。
我慢するべきじゃないと判断した。


これに対する反論や批判は甘んじて受けようと思う。
また、これで嫌われるのなら仕方ないとも思っている。


情報化社会は素晴らしい社会だ。
誰もが平等に情報を集められるし、発信できる。
だからこそ、人の心を大事にしないといけない。


特に悲しい事件を発信しようとするのなら、よくよく考えてから発信しよう。


記者の前に、カメラマンの前に、インフルエンサーの前に、みんな人間だろ?

 

「心」を大切にしよう。


よろしくお願いいたします。


今回の事件で被害に合われた方に、心よりお悔やみを申し上げるとともに、現在も治療や入院をされている方に対してお見舞いを申し上げます。