人生の教科書 by 情熱中年サラリーマン

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中年サラリーマン後悔と決意とつぶやき

【夢を書いた作文は偽物だった。】スラムダンク三井くんの後悔「なぜオレはあんな無駄な時間を」

【目次】

 

なぜ俺はあんな無駄な時間を

なぜ俺は平凡に生きてきてしまったのか。
どうして若い頃に今の気持ちになれなかったのか。

そうすれば、もっと可能性は広がっていただろうに。
後悔というか、マジで悔しいよ.。

 

別にグレてたわけじゃないけど、スラムダンクの三井君だね、まさに。

「なぜオレはあんな無駄な時間を・・・」

 

自分で考えて進学したし就職した・・・つもりだ。

親の作ったレールがうんぬんとか、
家にお金が無くてうんぬんとか、一切ない。

どんな道でも選べたはずなのに、
気が付いたら、ちょー平凡の真っただ中にいる。

 

「夢を持とう」
「自分らしく生きよう」

 

幼い頃から、ずっとずっと色んなところで聞いてきたはずなのに。

 

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進学も就職もマストじゃない

ほんと分かってなかったわ。

学校も仕事も人生を豊かにするためのツールだ。
人生を楽しむためにあるのだ。

でも、それがマストになってしまっていた気がする。
まず安定した仕事に就かないとダメ、そのために勉強と。

 

逆だよな。

こんな人生を生きたい。
だから、この仕事を選ぶ、この学校を選ぶ。


目指す人生には、進学も就職も「必要ない」で全然ありだったんだ。
学校も就職もマストじゃなかったんだ。

 

作文「将来の夢」

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小学生の頃、将来の夢を作文に書くってあるよな。

俺は「学校の先生」や「新聞記者」と書いていた。

 

あの時それは本音だったのか?

 

確かに先生には憧れた。
ませガキだった俺は社会正義を語るのが好きだった。

先生や記者になりたい気持ちは全くの嘘ではなかっただろう。

 

だけど本気の本気ではなかったと思う。


あの作文は「宿題をこなしただけ」だった。

色んな職業の中から興味のあるものを選ぶ。
その中から、先生や親が喜びそうな事を選択する。

こんな作業をしていた。

 

「宇宙飛行士」と言ったこともある。

「でかい夢がある」ってアピールして親を喜ばせたかったんだ。

 

「選ぶ」「人がどう思うか考える」「選択する」「もっと人を喜ばす」

こんな作業をしてただけなんだと思う。


変に「賢く」夢を書いていた。

 

夢=職業?

もうこの頃から何かおかしくなっていたのかもな。

作文に書くのは、

 ・人より目立ちたい。
 ・有名になりたい。
 ・金持ちになりたい。
 ・毎日遊んで暮らしたい。

で良かったんだ。

今なら「よく分からんけど、とにかくチャレンジし続けたい」って書くわ。

 

夢=職業じゃないもんな。

 

もちろん俺が、今の俺なのは親や教育の責任ではない。

俺自身の問題だ。


バカになれなかった俺がバカだったのだ。


だって俺が自分で考えて、「忖度」して作文を書いていたのだから。

 

もし作文に、

「毎日遊んで暮らしたい。」

って書いてたらどうなっていたのだろう。

認めてもらえたのか、やり直しなのか。
俺の人生は変わっていたのか。

 

三井君のように!

三井君は今の自分を捨てることで、自分のやりたいことを取り戻した。
プライドを捨てて、安西先生に泣いて頼んだ。
長髪だった髪も切った。

 

俺はそれなりに情熱をもって今の仕事に取り組んでいる。

たくさんの前例踏襲も壊してきた。
日々新しいことを企画・提案して実行している。

もっともっとと思う事もあるえど、
今の職場で自分がやってきたこと、やっていることには自信がある。

仕事を全力で楽しもうと頑張っているつもりだ。

 

だけど、本当に本当に楽しく生きれているか?
このままそれを続けて満足なのか?


小学生の頃の作文のように、今の場所・立場を守るために、自分に「忖度」してるんじゃないのか?

 

やっぱりこのままではダメだ!

というより嫌だ!!!

 

頑張ってきたこと、積み上げてきたこと、手に入れたものに縛られてはならない。
10年後に、あの時こうやっていれば良かったと言わないで済むように、今を生きたい。